新しい朝

現在進行形で、朗読のオープンマイクに最も深い関わりを持つラッパーは、間違いなく前里慎太郎だと思う。


「開口一番」という東京では歴史も古いオープンマイクのホストMCを務めている彼は、一方で「重力2」というバンドのフロントマンとしても活躍し、スポークンワーズシーンとも深い繋がりを持っている。これは、極めて稀なケースではないだろうか。かく言う自分も、音楽の世界からポエトリーリーディングのやって来た1人であるが、その世界の中に身を構えるには相当の年月がかかった。異なるジャンルの世界に飛び込んでいくことには、勇気と好奇心が必要であることは間違いないけれど、それだけでは決して長く携わることはできない。深い尊敬の念と、自分がその世界に身をおき続けることへの「覚悟」を技能として備えなければならない。


今回私が前里慎太郎を「SPIRIT」のスペシャルゲストとして招いたのは、彼がスポークンワーズシーンに近いラッパーだったから、ではなく、彼がジャンルを越えて語彙力と示唆に富んだ言語感覚持つアーティストであったからに他ならない。オファーをする前後に、丁度彼のライヴを観る機会に恵まれた。全く畑の違うハードコアバンドの客層を前にして、彼はいつものように真摯なステージを展開していました。初めは距離を持っていた人達が次第に彼の言葉に惹きこまれて、身を乗り出していく様子がとても印象的だった。
そして6月1日、「SPIRIT」のステージに立った前里慎太郎は、朗読のオープンマイクという現場でまた観る人の心を惹きつけ続けていた。



熱量を込める普段のやり方を踏襲しながらも、場の雰囲気に合わせたリラックスしたスタイルで、適度に聞き入っている人達の肩をほぐすようなMCを交えながらステージは進行していった。彼のリリックにはユーモアとペーソスが重要なウエイトを占めており、それが観る者の間口を広げている。同時に、彼のリリックは年月を経て、深い考察の跡が見て取れる言葉で埋め尽くされるようになっている。だから、言葉を追求する人達の耳にも自然に馴染んでいく。「おはようございます」というコール&レスポンスが繰り広げられるヒップホップのライヴは初めて体験したし、これからも遭遇する可能性は少ないと思う。前里慎太郎という人が持っている許容量の深さと広さを十二分に堪能した、素晴らしいステージだった。


オープンマイクにご参加くださったのは、登場順に


もがくひとさん
川島むーさん
KAZUさん
ユウサクさん
死紺亭柳竹さん
ジュテーム北村さん
Tomoe Kitazumeさん
ANCELLさん
前里慎太郎さん


の皆様でした。初登場の方、何度もご登場いただいている方、朗読、ラップ、演武、声楽と今回も多彩なパフォーマンスが繰り広げられました。


オープニングは大島健夫が新作を、最後は私が長編の「ツイステッド」を朗読しました。
今回の「SPIRIT」は、いつにも増してゆったりとした、それでいて新鮮な空気が流れる空間になりました。今日という一日が二度と訪れないように、オープンマイクはひとつとして同じ雰囲気に留まる物ではありません。そのことを肝に銘じて、これからも皆様に楽しんでいただける空間を創造できるよう、精進してまいります。


次回SPIRITは、7月6日(月)の開催になります。大島健夫選定によるゲストは、詩人の橘上さんです!
どうぞお楽しみに!